越境ECコラム-アメリカでの結婚式の様子やJune Brideの起源

【New York Almanac Vol. 03】June Bride 異聞

アメリカの結婚式場

土地の人々がロングアイランド・エクスプレス(通称;LIE))と呼ぶ高速道路を東に向かって出口60番で降り(Exit 60 S)、ローカルの道路を15分南に走るとRock Hill Country Clubに到着する。この辺りの名門パブリックゴルフ場である。

コースも立派だが、そのレストランは日本のバブル期を一瞬髣髴とさせる。トイレが二箇所ある。ゴルフショップの裏手にひとつ、レストランの中にもうひとつ。
これら二つのトイレは会社組織で言えば会長と係長ほどの差がある。
会長室は大理石張り、内部で悠々と着替えができる。
一方、係長トイレは、男子一人がやっと用を足すことができるだけの狭い空間。そこに洗面台までが備えてあるので、用を足しながら手を洗うという器用な人までいるそうだ。

そしてこの名門ゴルコースは六月から七月にかけては、結婚式の予約で毎週末一杯である。われわれが18ホールを終了して、午後一時過ぎにビールを一杯楽しむために19番ホール(バーのこと)に入ってゆくと、壁ひとつ向こうではすでに結婚披露宴が始まっている。
こちら側はバーカウンターがあり、ウイスキー、ワインのボトル棚の前に一人のバーテンダーとビールが出てくる金色の蛇口が光っている。典型的なパブリックゴルフコースの19番ホールである。

June Brideの起源

さて、結婚式はなぜこの時期に集中しているのだろう。
年来の疑問である。June Brideという言葉は知っていたが、なぜ6月なのかにはあまり関心もなかった。

6月になれば寒い東海岸も暖かくなって結婚式にはちょうどよい季節なのだという理解がせいぜいである。
Curiosity kills the cat.という。どうも歴史はかなり古いようでヨーロッパの歴史と文化にかなり深く根ざしている様に思われる。
ことの起こりは古くローマ時代にさかのぼれるようで、厳冬の季節に風呂に入る習慣のない人々は、6月になり水が緩み、薫風が心地よい季節になってその年の最初の水浴を行う習慣があったのだという。
厳冬の間たまりにたまった身体の垢や体臭を洗い落としさっぱりして結婚初夜を迎えるというのは理にかなっている。
当然、この時期には草花がいっせいに開花する。花嫁が身につける草花にも事欠かない。

このカントリークラブはゴルフが主体なのか、結婚披露宴が主体なのかよくわからない。どちらでもよいのである。
このコースに限って言えば、最初にコースができて、時期をずらして披露宴場が追加された痕跡が随所に見られる。

ニューヨークではゴルフコースで結婚披露宴を行うカップルが実に多い。

アメリカの披露宴の様子

何度か同僚や友人の子供の結婚披露宴に招かれたことがある。
とにかく愉快である。よく踊る。音楽がでかい。
日本式「祝辞」というのを聞いたことがない。
ただ、食べ、飲み、大いに踊るのである。踊るのが苦手な私などは、ただひたすら飲み、よく食べさせてもらった。

そして宴会が始まって約一時間もすると、司会の人がマイクに向かって、大事な発表があるという。
会場はにわかに静かになり、司会の声を静かに聞く。
新郎新婦が感謝の意を表するためにそれぞれのテーブルにお礼の挨拶に向かうという。二人してすぐに回ってくる。

そして挨拶を受けるときに皆が金一封を渡す、「集金遊弋(ゆうよく)」と命名したのはもちろん私である。
飲食代を含むパーティー費用にあたる分を新郎新婦にお祝い金としてお返しすればよい。
もちろん会場や自分と新郎新婦との関係性にもよるが2000年初頭で参加者一人当たり300ドルほどであったと記憶する。これで恥はかかなくて済む。結構お大尽様である。

僕らは夕方五時の開始であれば、大体八時頃には宴会場を出て家路に着くが、ほとんどの人が深夜まで飲み且つ踊り続けるのだという。
狩猟民族と農耕民族との体力差を感じざるを得ない。

執筆者プロフィール

今井 卓実

株式会社エスプール
顧問 今井 卓実 

【経歴】
慶応義塾大学文学部卒業後、近鉄航空貨物株式会社(現近鉄エクスプレス)に入社する。1976年、米国法人Kintetsu World Express(U.S.A.),Inc.に出向し、以後米国に移住して、達意の英語を駆使して営業活動を行なう。1987年日本本社に帰任し、本社国際部・経営企画部に配属される。1996年、再度、近鉄エクスプレス米国本社に赴任し、総務・人事・法務担当取締役に就任する。2007年、同社を退職後、現在に至る。滞米生活30年。

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