越境ECコラム-花火と爆弾

【New York Almanac Vol. 06】アメリカのビール

フィラデルフィア自慢のビール:Yuengling Lager

それがどうしたと問われると応えに窮するような1970年中葉の個人的な話である。Philadelphia, PA.(ペンシルバニア州、フィラデルフィア)の30th Street Station (30丁目駅)でニューヨーク行きの列車を待っていた。出張の帰りであると思う。出発時刻まで30分ほどあるので、駅舎のバーカウンターで塩あじのプレッエルを肴にビールを一杯飲むことにする。世界経済や会社の業績など上の空。少し苦味の強いビールを飲んでいると大統領かカウボーイにでもなった気分になる。カウンターの中央にずらりと並んだビール用のノズルの中からYuengling Lagerを薦められて注文をした。琥珀色をしたダークビアである。「ユンクリンク」と聞こえる、Philadelphia自慢のビールである。バーテンが嬉しそうに話かけてくる。「ビールはこれです。昨今の水っぽいビールとは訳けが違う。アメリカで一番古いビールですよ」ニューヨークでビールと言えばBudwiserとほぼ相場が決まっている。季節に関係なく、This Bud‘s for you!” と盛んに宣伝をしている。TVではMiller Highlifeがグラスに注がれながら飴色の反射を輝かせ, きめの細かい泡をグラスの上部に集める。ニューヨークではまずこの二つが主要ビールといってもよい。Milwaukie, WI (ウィスコンシン州、ミルウオーキー)に本社を置くAneheuser-Bush社のブランドである。

カルフォルニアのビール:Coors

ちょうどその頃、同僚がサンフランシスコから出張でニューヨークに来た。Coors というビールを持参する。クアーズと発音する。カルフォルニアでしか手に入らないビールとのこと。確かに、すっきりとした飲み口のうまいビールである。のど越しがスムースですうーっとおなかに降りてゆく。輸送途上で味が変わるのを恐れて販売をカリフォルニア限定した由。飛行機の中では自由に売られていたので、東海岸からの出張者が土産に買って帰るようになった。少なくとも「わが社」ではそんな習慣があったようだ。これが奏功したかどうか、3-4年後には東海岸でも販売が解禁され、近所のスーパーマーケットや酒屋でも買うことができるようになった。値段は少し高めに設定されていたように思う。不思議なもので、いつでも飲めると思うと、あのスムースさも忘れ 安くて手軽なBudに戻ってしまった。飲まずクアーズ現象という。

輪廻転生といえば大げさである。1980年の4月、あろうことかPhiladelphia支店へ転勤を命ぜられた。当分Yuenglingばかりを飲まされることになりそうだと思ったが、ここでも、Bud とMillerが幅を利かせている。しかもlight beerが人気で低カロリーが売り物。低カロリーのビールなどは「健康な喫煙」「公正な内閣人事局」というに等しい

カナダ産のビール:Moosehead

ある日友人の家に夕食に呼ばれた。アメリカの家庭に呼ばれると通常living roomに通されてWhat would you like to drink?(飲み物は?)と必ず聞かれる。これを日本流に「どうぞお気遣い無く。何でも結構です」と返事をすると会話にならない。Beer, please. Wine please. などとはっきり言ったほうが良い。少し慣れてくるとCold sake, please. (冷やで一杯)などと冗談を言うようになればなおよろしい。ところでYuenglingというビアがあると聞いたがと尋ねてみる。そのビールはうちでは余り飲まない。少し重いし、みなが集まって飲むような時にはShilitzかPobstが一番いい。安くて結構うまい。学部時代のフラタニティー※ではビールといえば緑色ボトルのMooseheadさ。面白いことにフラタニティーごとに好みのビールが決まっているんだ。Mooseheadはカナダ産で値段は少し高いが、味は最高。Preppy(名門私立校の生徒などお金持ちの子息に対する俗称。)の好物だ。其の日初めて味わってみたが、これも美味しかった。アメリカのビールへの開眼の記念すべき年である。

※フラタニティー(Fraternity)大学の友愛団体。私の友人によれば、男子学生のみに限られている。日本の学生のサークル活動に似ているが、もう少し関係がきついように感じられた。

自己流の選択を許容するアメリカ産業

さて、Yuegling, Coors,  Moosehead などのように一部の人から強烈に支持をされているビールがあり、中西部ウィスコンシンのドイツ系移民が作り始め全米を席巻したBudwiserやMillerもある。どちらを選ぶかは個人や「集団」の好みである。面白いのはアメリカが其のどちらも許容する社会だと言うことである。 “non conformist”という言葉がある。世間の流行にあえて逆らい自己流の生活や主張をする人たちのことを言う。アメリカ産業がnon conformistに支えられている側面もないとはいえない。さればこそ何百種類のビールが生き残れるのである。2018年現在、カナダやヨーロッパビールはもとより、日本や中国のビールも自由に楽しむことができる。

3億2千万人の市場はこれだけのバラエティーを受け入れる。人口は数々の問題を内包しながらも毎年着実に増え続けている。新参者も受け入れられやすいが、同時に市場に安住してしまうと飽きられ泡のごとく消えてしまうという冷酷な事実も忘れてはならない。企業が周到なマーケット調査を行い、常に自己変革を続ける努力を惜しまない限りビジネスは必ず成功する。

これからアメリカ市場に自社製品やサービスを売り込みたいと考えている人たちに、何か参考になれば望外の喜びである。

執筆者プロフィール

今井 卓実

株式会社エスプール
顧問 今井 卓実 

【経歴】
慶応義塾大学文学部卒業後、近鉄航空貨物株式会社(現近鉄エクスプレス)に入社する。1976年、米国法人Kintetsu World Express(U.S.A.),Inc.に出向し、以後米国に移住して、達意の英語を駆使して営業活動を行なう。1987年日本本社に帰任し、本社国際部・経営企画部に配属される。1996年、再度、近鉄エクスプレス米国本社に赴任し、総務・人事・法務担当取締役に就任する。2007年、同社を退職後、現在に至る。滞米生活30年。

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